パリ・オペラ座バレエ団 『ジゼル』 ルテステュ&マルティネス 2010年3月18日

期待通りの素晴らしい舞台だった。アニエス・ルテステュのジゼルは1幕ではともて可愛らしく、病気のためにどこか儚げであり、とても純粋無垢。2幕では生気を感じさせないのだが、アルブレヒトへの愛にあふれていた。ジョゼ・マルティネスは立っているだけで気品あふれる貴族。踊りも素晴らしかったが、その表情に胸打たれてしまった。

第一幕
舞台装置は蘇演当時のものを再現して使っているということだが、小屋はちゃんと萱葺きでしっかりと作られている。

最初は村人たちが出てきて、少し踊って通り過ぎて行き、その後ヒラリオンが野草の花束をかかえて出てくる。花束をそっとジゼルの家の前において立ち去る。舞台奥のスロープをアルブレヒトが駆け下りてくる。このスロープの下はジゼルの家で隠れているので、一旦姿が消えて、家の裏から再び姿を現す格好になる。

真っ直ぐで長い脚、ぴんと張った背中、端正な顔立ち・・・ジョゼはどこからみても貴族。従者のウィルフリードが止めるのも聞かず、自分のマントと剣を側の小屋に隠させ、下がらせ、ジゼルを呼び出す。最初2回のノックは自然な姿勢で、3回目は少し脚を後ろに引いて。これだけですでに美しい。中の物音を聞いて、一旦家の後ろに隠れる。ジゼルが出てくる。

明るいブルーの胸当てに白のスカート。お花の髪留めで顔の両側の髪をまとめ、後ろに長い髪を垂らしている。これがアニエスを少女らしく可憐に見せていた。ロイスを見つめる表情が穏やかで可愛らしく、ロイスに迫られて恥ずかしがる演技もナチュラルに初々しかった。

花占いでは花びらは2枚ぐらいしか千切らず、後はすぐ数を数えて、だめだわ・・・。ロイスは1枚も千切らず、数を数えて、これなら大丈夫!こんなの関係ないよっ!と腕を組んで踊り出す。ヒラリオンが2人に割って入る。無理矢理気持ちを押し付けようとするが、困惑。ロイスにヒラリオンが短剣を振りかざすと、思わず腰の剣を抜く動作をしてしまう。ヒラリオンが場を去った後、村人たちが出てきて、ジゼルが得意の踊りを披露。ロイスも一緒になって踊る。

ジゼルの母親が家から出てくる。踊っていた娘を心配し、ウィリの話をする。ここは比較的しっかりとマイムで語られる。そんなことは信じられないと、人々とロイスと再び踊る。村人が十字に並んだ端と端にロイスとジゼルがついて、90度ずつ回るシーンで、ジゼルは案の定胸が苦しくなり、ロイスに休むように言われるが、すぐに踊りに加わる。

母がジゼルを家へ連れ帰る。2人はキスして別れる。この版では母が特にヒラリオンを気に入ってるわけでもなく、ロイスが気に入らなくて引き離そうとするでもない。人々も一旦いなくなる。一人残ったロイス=アルブレヒトの元へ従者が父である領主の狩りの一行が近づいていることを知らせる。アルブレヒトは身を隠す。ヒラリオンはそんな2人を見ていて、アルブレヒトと別れて一行の元へ走っていくウィルフリードを追おうとするが追いつかなかった。

どうも怪しい・・・と考え込み、すぐにひらめいて小屋に入り、剣を見つける。小屋にあるってどうしてわかったのだろう。

一行がやってくる。クーランド公はヤン・サイズなので張り切ってオペラグラスでのぞいたが、大きな帽子を被っているとあまりかっこ良さが分からなかった・・・バチルド姫も大きな帽子だったので、どうやってネックレスを外すのかと思ったら、胸元からするっとペンダントを出して、ジゼルに渡した。まぁ、この方が失敗がないのだろう。

何時の間にか人々が出てきていて、ここでペザント・パ・ド・ドゥ。ティボーのテクニックは相変わらずだが、以前ほどの驚きはなくやや衰えた?ユレルは不安定で、2人のパートナリングも息が合っていなかった。ちょっとがっかり。ミリアムで観たかった。

ここでお疲れになった領主様ご一行はジゼルの家で休憩することに。皆が入って、最後にクーランド卿が入ろうとするとき、跪いているジゼルの顔を手で自分に向けさせ、じっと見つめ、その後ベルタを少し見つめ、家へ入っていく。ここがバール版の特徴らしい。実は、クーランド公はその昔「領主の初夜権で(ベルタと)関係を持ち、ジゼルはその落としだね」(NBSのパリオペラ座ブログより)という設定なのだ。一行が到着してベルタが家を出てきた時に目線を合わせるのだが、これもそれを示唆しているらしい。が、一生懸命観たけどそこまでは読み取れなかった・・・。

村人たちが踊り始める。ジゼルが出てくる。収穫祭の女王に選ばれる。アルブレヒトが姿を現し、2人はまた踊り出す。腕を組んでステップを踏むところでは、少しタイミングがずれていて、昨日のゲネプロの方が良かった。ここでは、村人が総勢24人+ジゼルのお友達6人と大人数での踊りが迫力。また、村人の衣装がすごくきれいな山吹色ベースでゴージャス。特に女性はスカートの下にたくさんチュチュが重ねてありふんわりしていて、とてもペザントには見えない・・・。

幸せな2人にヒラリオンが割って入り、証拠の品をつきつけてアルブレヒトの身分を明かす。角笛を吹くと、家の中からクーランド公一行が現われる。婚約者の登場にアルブレヒトは一瞬たじろぐが平静を装って、バチルド姫をエスコートし、手にキスしようとしたところで、ジゼルが割って入る。「この人は私と婚約しているんです。」「いえ、私が婚約してるのよ」とバチルドが言っているジゼルの背後で、アルブレヒトは「しっ、言わないで!」というジェスチャー。これは新鮮。この辺りまでアルブレヒトはまだジゼルに対する気持ちがさほど重いものでなかったということがわかる。

狂乱のシーンで、アニエスのジゼルは狂乱というよりは、「ここはどこ?私はだれ?」という感じに混乱し、徐々に壊れていく感じ。アルブレヒトを見ても「これ誰だったかしら??」花占いもぼんやり思い出しているようで、そのうちにアルブレヒトを思い出して、悲しみのどん底に突き落とされる。ついには心臓が耐え切れなくなり、事切れる。より現実的な表現だったと思う。

アルブレヒトはここで初めて自分の残酷さと失ったものの大切さに気付いたようだ。ベルタはアルブレヒトを激しく拒絶はしない。


第二幕
舞台下手手前には、薄暗い中さいころ博打に興じる人々が。この人々の意味は不明。ヒラリオンが悲しみにくれながらやってくる。ジゼルの墓に突っ伏して嘆いていると、さいころ博打をしていた人が誘いに来るが、自分の嘆きを訴え放っておいてくれとまた墓に戻る。ウィリたちが出てくる。不穏な気配にさいころ博打の人もヒラリオンも逃げ出す。

ミルタ登場。ここのマリ=アニエス・ジローのパ・ド・ブレがものすごかった。すごく細かく小刻みに足を動かし、状態はまったくぶれることがなく、機械にでも乗っているかのように舞台を移動する。かなり長時間なのに、ほんとうに軸がまったく一定したままで、静止してもなお揺るがない。驚嘆。そして、踊りは非常に繊細で精霊そのもの。音楽性も素晴らしく、音にはずれないために、大柄な彼女が連続ジュテなどで大きく移動すると、すごく速く感じる。でも、ポール・ド・ブラは美しく、軽やかで決して雑になることはない。強く見えがちな体格ゆえに、より美しく踊ることを厳しく訓練してきているのだろう。もちろん迫力はあるが思ったよりは全然強烈ではなく、むしろ凛とした本当に美しい女王だった。

この2幕は照明がとても暗いので、ウィリたちの判別は非常に困難。ドゥ・ウィリであってもかなり難しかった。ソロでは、多分サラ=コーラ・ダヤノヴァがふんわりとした回転が美しかった・・・と思う。コール・ドの隊列はまぁそれなりだろうか。一直線って訳にはいかなかったGa、チュチュのボリューム感でごまかしが効いていた。

精霊になったアニエスは、登場のシーンでは感情のないウィリそのものだったのだが、アルブレヒトが現われてからは本能的な愛によって動いているようだった。アルブレヒトがお墓に来たすぐ後のシーンでは、見えないながらも段々にジゼルの存在を感じているアルブレヒトの影に、寄り添うようについていくジゼルの姿に早くも涙が出そうだった。

ジョゼはアルブレヒトの貴族の衣装がすごく似合っていて、最初の登場の時はマントのドレープがその高貴な雰囲気をいっそう引き立てて、思わずごくり。踊りはラインがとても美しいのだが、少し重そうだった。シンデレラでは大活躍だったから、少しお疲れなのかも。

ジゼルが去ってしまった後のアルブレヒトは、嘆き悲しんで悔恨するのではなく、ジゼルの愛に深く感動し、初めて人を愛するとはどういうことなのかを悟ったようだった。

パリ・オペラ座バレエ団 「ジゼル」
2010年3月18日 19:00〜 東京文化会館
【第1幕】 19:00 - 19:55
【第2幕】 20:15 - 21:05

テオフィル・ゴーティエ、ジュル=アンリ・ヴェルノワ・ド・サン=ジョルジュの台本による(1998年製作)

音楽:アドルフ・アダン
振付:ジャン・コラーリ、ジュール・ペロー(1841)
改訂振付:マリウス・プティパ(1887)
パトリス・バール、ユージン・ポリャコフ(1991)
装置:アレクサンドル・ブノワ
装置製作:シルヴァノ・マッティ
衣裳:アレクサンドル・ブノワ
衣裳製作:クローディ・ガスティー

◆主な配役◆

ジゼル:アニエス・ルテステュ
アルブレヒト:ジョゼ・マルティネス
ヒラリオン:ジョシュア・オファルト

ウィルフリード:ジャン=クリストフ・ゲリ
ベルタ、ジゼルの母:ヴィヴィアン・デクチュール
クールランド大公:ヤン・サイズ
バチルド姫:ベアトリス・マルテル

ペザント・パ・ド・ドゥ:メラニー・ユレル、エマニュエル・ティボー

ミルタ:マリ=アニエス・ジロー
ドゥ・ウィリ:マリ=ソレーヌ・ブレ、サラ=コーラ・ダヤノヴァ

演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:コーエン・ケッセル

一方、パリではこの日(18日)『SHIDDHARTA』が始まりました。ルフェーブル監督はお見かけしなかったので、このためにすでに帰国されたのかな。この公演と重なってしまったため、ジェレミー・ベランガール、ステファン・ビュヨンやエレオノーラ・アバニャートなどが今回観れなかったのは残念だった・・・特にビュヨン君・・・ 
オペラ座のHPを観ると、薄いチュールを被ったオーレリーと金粉を顔にざっとつけたニコラの美しいショットが。オペラ座の楽団にいらっしゃる日本人のヴァイオリニスト大島莉紗さんのブログ『ヴァイオリニスト大島莉紗〜パリ・オペラ座からの便り〜』によると、演出も踊りも音楽も大変美しい作品であるよう。音楽は演奏される方々には大変みたいですが・・・(涙)

ニコラとオーレリーは初日の翌日すぐに日本に向けて発つのでしょうね。すると20日到着・・・そして、21日の楽日に踊って、またパリで27日から公演が続く・・・すごいスケジュールです。私は観れないのですが、日本のファンのためにこんなに強行スケジュールを組んでくれて、本当にありがたいですね。怪我などしませんように。アルブレヒトは、嘆き悲しんで悔恨するのではなく、ジゼルの愛に深く感動し、初めて人を愛することはどういうことなのかを悟ったようだった。